置き去りにされた「地方と弱者」のための経済

2018年3月 | 内藤正明

はじめに

いま世界で関心が高まっているのは、地球環境の問題だけでなく、それらと同時進行してきた社会・経済の危機である。その結果、国連で2015年に採択されたのが“SDG’(持続可能社会が目指す目標群)であり、これは人類が今日直面する「環境、社会、経済」すべてを総合的に視野に入れた「誰も置き去りにしない社会」をこれからの世界が目指すべきと提唱している。

国連の提案というのは日本では受け入れられ易いので、今や国でも地方自治体でもまた産業界でも関心が高まっていて、その取り組みを始めようとするところが増えている。ただし、内容は世界の貧困などを重視して作った目標体系なので、我が国でどう取り組んでいいのか分かり難いため、当惑しながらも、分かった範囲で動き出そうとしている。

この記事で強調したいところは、歴史的には、まず「経済」の発展が第一で、次いで「環境」配慮の時代を経て、いよいよいま「社会」が関心の対象となってきた。その社会というものだが、それは世界の巨大な“格差問題”であり、そこで底辺に置かれているのは「経済的な弱者」だけではなく、広くすべての「社会的な弱者」である。

筆者は、その延長線上に「自然界の弱者(生物生態系)」もあるとし、地球の環境問題も含めてすべてが弱者の搾取であると解釈している。それらすべての地球生命体に対する収奪が激しく進行した主な原因は、強者の論理で進んできた近代経済の仕組みにあるとしている。

ということで、結局この「近代経済の仕組み」を弱者に優しいものに変えることこそが、すべての“置き去りの元”を糾す途であることになる。本解説はそのような“弱者に優しい”経済の仕組みはどう創ればいいのかを、様々な地域経済の再生に関わってこられた、枝廣淳子さんの「地元経済を創りなおす」という名著(岩波新書)を元に、その要点を要約してみたものである。

1. 地域経済は「漏れバケツ」か?

地方経済が疲弊していくのは、稼ぎが悪いからという以上に、稼いだものがどんどん都市部へ漏れ出していくことにあるということで、「漏れバケツモデル」という言葉が最初に紹介される。いまの 地方経済は、外から稼いで豊かになることには懸命に努力するが、そうして稼いだ金が、域内で滞留・循環することなく直ぐに外に漏れ出していることには案外気付いていない。

一例で見ると、ホテルと民宿とでは最初に客が払うお金は、ホテルの方が70%多かったが、地域内に回る金は民宿の儲けの方がずっと多かった。それは都会の資本または外国資本のホテルでは、入った金は直ぐに本社のある外へ出ていくが、民宿では食材や資材などがほぼ地元で調達されるから、地域内での経済効果は大きいものとなる。

大事なのは、一旦地域に入った金が、出ていくまでに地域内で何回使われるか、つまり「地域循環」の重要性である。100入ったものの2割が中で使われるなら、それが繰り返されていって、100+20+4+0.8+‥=125の金が循環する。それが「地域内乗数効果」である。

2. 地域内の金の流れと循環の(乗数)効果

このような乗数効果を地域全体で計算する手段として使われるのが、「産業連関表」である。ある製品を作るのに部品が10点必要なら、それらの製造に必要な原料の調達に要る費用が積み上がる。さらにそれぞれの原料にはまた、その素材の購入に費用が発生する。このように、どんどん連関して効果が波及していく。これが「波及効果」である。よく大きなイベント(万博、オリンピック、サミット、など)の経済効果が発表されるが、それはそのような波及効果を産業連関として集計したものである。

この「産業連関表」は5年に一度国で作成される。この作業は国が5年間も掛けて作るほどに難しい作業である。その国の作った連間表を基に府県の、さらにそれを基に市町レベルの「産業連間表」が作られるが、その作業もかなり大変である。そこで、およその数字を把握できるように開発されたのが「地域経済分析システム(RESAS)」であり、それ以外にも簡易手法として、「LM3」、「買い物調査法」などがある。

3. 「産業連関」から分かる興味深い情報

地域経済のどこからどれだけが外に漏れているかを定量的に把握するには、産業連関表まで使わなくても、地域を部分的に見るだけでも面白いことが見えて来て、経済再生の有効な対策が見つかる。枝廣さんは大事な役割の以下のような実例を挙げておられる。

『簡便モデル(LM3・地域内乗数3)での推計』‥‥ある英国の地方都市の実例では、飲食費の8割以上が2店舗あるスーパーで消費されていて、60店舗ある地元の商店では2割に満たない金額だった。そこでもし、もう1割多く地域内の店で買い物をすると、それがまた地域の中で回って、(単なる推測ではあるが)、乗数効果で1.7割ほどの経済循環が増えることもある。それは小さな地方町村にとってはかなりの額となる。

この計算は、漏れバケツ概念を提案した組織(NEF)が開発した簡便モデル(LM3―地域内乗数3)で素人でも簡単に計算できる。ただし、計算の基になるデータを取るのはそれほど容易ではないことは確かで、どのスーパーも地元商店も売り上げのデータなどを簡単に提供してくれる訳ではない。

可成りの苦労があっても、もし地域内循環の結果が得られたなら、どの企業が地域経済にどれだけ貢献しているかが数量的には把握できる。これは地域住民の購買行動に参考になる。このLM3の値を公表すれば、「地域経済への貢献度」の証明になって、市民にも買い物の参考になり、商店にとっては地場産の材料をより多く使う動機付けになる。

あるところでは、公共事業の入札ポイントにそれを参考にしているそうである。

【買い物調査での推計】‥‥地域からお金が漏れている額とその漏れ口を知るには、多くの都道府県や市区町村が様々な目的のためにしている「買い物調査」が参考になる。それを活用すれば、地域の人達が域内・域外で買っているモノの割合が分かる。また、新たに市民が参加して商工会などと聞き取り調査をすることで、地域の経済の課題が見え、漏れバケツをどうしたらいいかを自分たちで実感して行動に移ることもできる。

【地産地消から「地消地産」への転換】‥‥買い物調査などで、どんな品物を購入して地域の金が漏れ出ているのかが分かれば、その商品を域内で作れば売れる可能性がある。需要があることが分かって、それに向けて供給をするという発想である。元新潟県の平山征夫知事がこれを「地消地産」と称して提案された。もちろん自分のところでは生産できない、またはできても高くつくから外から買う方が有利であるから、というのが“海彦山彦”以来の交換経済の始まりなので、いつもそれがうまくいくわけではないが、その気でみてみると可能性は沢山あるだろう。

【南あわじにも興味深い事例1】‥‥枝廣さんは、その発展形とも見える神山町(徳島県)の移住促進を紹介されている。そこではかつて地域にあった商店を昔の地図から再現し、その商店や事業の再生を引き受ける人の移住を促し支援した。地元が必要としていた仕事が明らかであり、その支援の仕組みもあれば、移住の成功率が高いことは想像される。実際に移住者が定着し持続する割合は高いそうである。

【南あわじにも興味深い事例2】‥‥もう一つの例は、学校給食を地元の農産物にした入善町の例がとても印象的である。それは地域経済の視点でも望ましい話であるが、実はそれ以上に地域社会と子供たちの育ちにとって大きな効果があった。

20年ほど前に米サミットを機に、パン給食を米に全面的に切り替えた町は、食材をいま地場産で50%という目標を目指している。生徒数は1800人ほどで、毎年度末(3月)に生産者に生産計画を聞き取って、それを基に献立をつくる。需給がマッチしない場合は、献立内容や学校間で調整する。

その経過の中で見られた子供と農家の変化は、「子供たちが残さずきれいに食べるようになった」「生徒間で交換や分けっこが起こるようになった」「おれも百姓やってみたいという子が増えてきた」「虫がいる野菜も新鮮であれば歓迎という理解が親にも進んだ」などである。一方、農家にも「遣り甲斐ができて新しい野菜にも挑戦できる。」「希望価格を双方で相談して適正価格で買ってもらえる」などの効果が出ている。

さらに毎年数回、生産者と子供たちが一緒に給食を食べる「ふれあい給食」をし、それを子供達がとても楽しみにしていて、生産者も皆の前で紹介されて子供達からの拍手を得て農家の人達の喜びも大きく、生産意欲が高まるとのこと。

このような試みを熱心に推進する理由を、市では「地域の基幹産業である農業を地域内で元気にしない法はない」といっている。これは南あわじにも当てはまらないだろうか。

4. 地域だけで通用する通貨

この部分は、枝廣さんの著書には入っていないが、当然次の段階で、地域内でのお金の循環を実現する手段の検討が必要になるだろう。その時、「地域通貨」とうものが考えられる。つまり国の通貨「¥、円」とは別に、地域で独自に発行する通貨で、これまで世界各地でも日本でも多くの試みがなされてきた。その通貨では、外での買い物は原則できないので、域内でのみ使われて外部に出ていく心配をしなくていい。しかし、そのことが地域通貨の限界ではある。それ以外にも多くの課題があることは想像されるだろうが、そのために過去の試みが必ずしも成功したというわけではない。その他にも、根源的に、そもそも国以外が通貨を発行するなんて、という庶民の素朴な感覚が、一番の障害ではないか。偽札作りという誤解さえあるかもしれない。

この課題は専門的には経済学の分野で扱われるが、経済の枠を超えた内容がたくさん含まれる。そもそも国の通貨を離れて、自分たち独自で通貨を作るには、相当の必要性がなければならない。その必要性というのは現在の経済のままでは困ることがあるからで、実はその困りごとの中身がケース毎に異なっている。目的が違えば期待される通貨の役割も異なるので、その仕組みも異なる。まさに、地域通貨の設計はそれぞれ一品生産のようなものと考えた方がいいだろう。

では、南あわじでもし始めるとしたら、どんな通貨がいいのだろうか。守本市長さんもこれに関心があるとのことで、いま地域通貨の勉強会が、行政・専門家・市民などを交えて始まっている。もし関心がある方がおられたら、勉強会にぜひ参加して議論に加わっていただくことを期待したい。